[対談:小飼弾×猪子寿之①] ニッポンの”change”はエンジニア出身のボスがもたらす

――日本のエンジニアリングの世界は、欧米に加えて中国やインド、韓国などとの競争も激しくなっており、厳しい時期を迎えています。日本企業で働くエンジニアを、お2人はどう見ていますか。

小飼 日本は、優秀なエンジニアを見つけやすい国だと思いますよ。前に中国でエンジニアを集めたことがあるけど、1を言って10のアウトプットが返ってくるようなエンジニアは少なかった。日本には、そういう人が多いと思うな。

猪子 でも、最近は中国のエンジニアも相当優秀ですよ。例えば、日本ではサーチを扱っている企業が少ないけど、中国ではかなりの人数のエンジニアがサーチのコアの部分にかかわっている。エンジニアの人数もすごいから、優秀な人の絶対数も多いでしょう。

小飼 「中国人」とか「日本人」って分け方は、この世界じゃあまり意味がないかもしれない。エンジニアリングは、1000人の凡人が1人の天才に負けちゃう世界。固有名詞、つまり自分の名前で仕事をしてナンボで、「あの人は日本人エンジニアだから」とか言われているうちは大したことない。エンジニアとして猪子はどうか、小飼はどうかってことなんです。

猪子 僕が思うのは、日本の企業の経営者とか、決定権を持っている人って、エンジニア出身の人が少なくない? ってことで。それが、いろいろな弊害を生んでるんじゃないですかね。

小飼 エンジニアじゃないと分からないことって、結構あります。ボスがエンジニア出身かどうかの違いって、やっぱり大きい。現場の働きやすさもそうだけど、ホワイトカラーが決定権を持っていると、新しいことにチャレンジしにくくなるような気がします。

猪子 ビジネス側の人って、すぐ「投資対効果は?」とか聞くじゃないですか。でも、これまでなかったものを作ろうってときに、そんなの分かるわけないじゃん、って。「オレはこれが作りてーんだ。よく分かんないけど、ついてきて」って言えるボスがいるかどうか。まぁ、そればっかりだと、会社が潰れるかもしれないけど。

小飼 ボスだけじゃなくて、投資家なんかもそう。シリコンバレーの投資家には、成功した技術者が多い。技術が好きで、面白いと思ったベンチャー企業に投資している。一方、日本のベンチャーキャピタルは他人事なんです。だから、「コイツにいくらつぎ込むと、いくら返ってくるかな」と考える。

猪子 「投資対効果は……」とか考えながら(笑)。

小飼 シリコンバレーの投資家にとって、技術は自分事なんです。アンディ・ベクトルシャイム(サン・マイクロシステムズ共同創業者)が、グーグルのラリー・ペイジとサーゲイ・ブリンに10万ドルの小切手を渡した時、たぶん「これが先々いくらになるか」なんて考えてなかったはずですよ。

猪子 未来を見たかったんすよ、きっと。

小飼 そうそう。グーグルという会社に、どうしても存続してもらいたかった。ここで終わらせるのはもったいないと。ただ、シリコンバレーに比べて、日本はダメだというのは間違い。シリコンバレーが飛び抜けているだけで、あそこと比べれば、世界中のほかの地域は全部ダメだということになりますから。日本はダメなんじゃなくて、単に「その他大勢」というだけなんです。

同じ技術畑でも、「エンジニア」と「テクノクラート」は違う

技術の世界ではトップがフライングする勇気を持つのも大切と力説する猪子氏
猪子 昔は日本にも、「オレはこれがやりてーんだ」って突っ走っちゃうボスがたくさんいましたよね。本田宗一郎さんとか。どうしても飛行機が作りたい!って。ロボットだってそう。

小飼 そこで取り巻きが「ROI(投資収益率)はいくらなんでしょうか?」とか言い出しても、聞く耳を持たなかったでしょうし。

猪子 宗一郎さんには、取り巻きが何言ってても、「ウルセー!」みたいな感覚があったんだと思う。「今の時代はプロの経営者が必要だ。グーグルのエリック・シュミットを見ろ」とか言う人もいるけど、違うと思うんすよ、僕。シュミットだって、ファーストキャリアはサイエンティスト、しかもスーパーサイエンティストですよ、って。アップルを見たって、スティーブ・ジョブズが優秀なプロ経営者かというと、ちょっと違いますよね。だから、ビジネス側の人がリードする時代って、もうとっくに終わってんじゃん、って。

小飼 ジョブズの役割は2つある。1つは、自分よりも優秀な人を集めてくること。もう1つは、そういう人たちに対して「これ、オレは欲しくないね」と言うこと。

猪子 アートディレクターというか、クリエーターというか。

小飼 アップル製品の最初の客だね。

猪子 任天堂だってそうですよ。岩田(聡社長)さんはプログラマー出身だし、宮本(茂専務)さんはクリエーター。今、世界で突き抜けたものを作ってるところって、MBAを取った経営者が社長をしているような会社じゃない。グーグルにしても任天堂にしても、技術者とかクリエーター出身の人が決定権を持ってる。アップルも、ここに含めていいと思うし。

小飼 決定権を持つ人が技術畑の出身だとしても、エンジニアとテクノクラートは違うしね。

猪子 ん、てくのくらーと? 何ですか、それ。

小飼 「技術をやりたい人」がエンジニアで、「技術でやりたい人」がテクノクラート。

猪子 んんっ、ちょっと分かんないっす。もっと詳しく聞かせてください。

小飼 じゃあ、こう説明すれば分かるかな? ユーザーとか外部に直接接しているのがエンジニアで、組織の中間にいるのがテクノクラート。エンジニアはとにかく作りたがるけど、テクノクラートは「そんなの作れっこない」ってすぐに頭で考えちゃう”技術官僚”なんだな。
で、エンジニアが勢いで作ったものが大ヒットしたりすると、テクノクラートは「オレらが『ビジネス』にするからこっちによこせ」とか言い出す(笑)。『i-mode』なんかがそうだね。

猪子 へぇー、何となく分かったような……。

技術をベースにする人でも、テクノクラートは「革新を生まない」と小飼氏は言う
小飼 組織には、実はどちらも必要な人たちなんだけどね。特に、大きな組織はテクノクラートがいないと動かなくなったりする。

猪子 でも今は、イッちゃってるエンジニアが引っ張る会社が、すごいことやるケースが増えてんじゃないですか。Hondaとかソニーが伸びてた時代も、そうだったと思うし。井深(大)さんはもちろん、盛田(昭夫)さんだってエンジニアリングのバックグランドを持ってますからね。
マイクロソフトも、ビル・ゲイツがトップだったころの方がすごかった。みんな「それは時代が変わったから」とか言ってるけど、それだけが理由じゃない気がする。

小飼 僕も、ゲイツがいなくなったことがこれほど大きなことだったのかと、今さらながら思います。ただ、いろんな人に話を聞くと、マイクロソフト社内では前からスティーブ・バルマーの方が圧倒的に好かれていたし、リスペクトされていたらしい。あくまでも周辺情報だけど。

猪子 組織がオトナになった、ってことなんですかね。で、オトナになったら、アップルに抜かれた。さっきのエンジニアとテクノクラートの違いみたいな話だけど、会社とか集団には、「修復する力」と「ぶっ壊す力」の両方が必要なんすよ。で、今はどっちが先導すべきかと言えば、ぶっ壊す力を持った人だと思うんです。

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