中野剛志先生のよくわかるTPP解説―日本はTPPで輸出を拡大できっこない... 投稿者 soomooAichi

中野剛志先生のよくわかるTPP解説

中野:TPPの議論で妙なのは、まず簡単に説明すると、もうご案内の方も多いと思いますが、シンガポール、ニュージーランド、チリ、ブルネイという非常に小さな国が最初に協定を結んでいました。ところがこれにアメリカが入ろうといって、アメリカ、オーストラリア、ペルー、ベトナム、最近ではマレーシアがその交渉に参加するということになって、それで環太平洋連携協定(TPP)というものの交渉が行われ、ルールづくりが行われているという話になっています。貿易の関税自由化がかなり急進的に自由化を目指すと。貿易もモノだけでなくて人とかサービスも含めて包括的なものになっていると聞いています。交渉参加にあたって、あらかじめ、例えばコメは例外ですよとかいう自由貿易の例外品目を提示して参加するのは認められない。類似の自由貿易の協定で、よくFTAと聞くと思うんですが、あれはアメリカと韓国の2国間でやるものなんですけど、これは多国間でやる。

西部:FTAというのは、Free Trade Agreement。

中野:10月初旬に菅首相がこの交渉の参加を検討すると所信表明で言ってから、11月初旬のAPECまでわずか1カ月の間でこれだけ包括的な話を急にするという、唐突感がまず異常なんですが、この議論はかなり大切であるにもかかわらず、マスメディアだけでなく政府あるいは経済界が、「開国か鎖国か」「平成の開国をすべきかすべきでないか」とか、極めて単純極まりない分類でやっている。まず、日本はいま鎖国なんかしていないわけですよ。平均関税率でも世界的に見ると低いほうですし、農業に限定した平均関税率だって、かなり低いほうです。「完全な貿易自由化」と「完全な鎖国」との間に山ほどバリエーションがあるのにですね。

西部:さっき聞いてびっくりしたけれども、農業の関税ね、日本は700%前後でしたっけ。

中野:それはものによるんですね。

西部:ものによるのね。でもそれを平均で言うとEUより低いんですって?

中野:そうです。計算のしかたはいろいろありますが、EUより低かったりしているわけです。TPPの参加国はみんな農業国が多かったりするので、この中では日本は高めですが、世界で見ると、別に特に高いわけじゃない。議論のレベルがあまりにも単純だというのがまず非常に気になる。もう一つ気になるのが、なんかTPPで日本の農業が危ないというのは聞いてますよね。

秋山:ええ、聞いています。

中野:確かにそれはあるんです。ところが一方で、TPPをやると輸出を伸ばせる。製造業は得をするが、農業は損をする。

秋山:それで反対しているんですかね。

中野:ええ。で、どっちがいいのかみたいな、農業対製造業みたいな話で、議論がほとんどなっているんですが、私の見立てでは、製造業がTPPに参加して一層拡大するとかは、できません。まずTPPがアジア太平洋の貿易のルールの基本になるとか、これに乗らないと世界の孤児になるとか、そういった議論がされているんですが、交渉参加しているシンガポール、ニュージーランドうんぬんかんぬんが大体9カ国あるんですが、これに仮に日本を加えて、GDPでどれだけ大きなシェアがあるかというと、この10カ国のうちGDPはアメリカが67%、日本が24%、オーストラリアは5%で、ほぼ9割が日米なんです。

秋山:日米ですね。

中野:残りの7カ国で4%なんですね。しかもアメリカと日本以外の国は、みんな外需依存度が高い。GDPに占める輸出の割合が3~4割と高い国が多いので、内需でもう1回計算し直すと、アメリカが73%。内需がですね。つまり日本が輸出できそうな場所ですね。アメリカ73%、日本は23%、オーストラリアは3.7%、残り7カ国で0.1%です。

西部:(笑)

中野:だからTPPでアジアの成長と共に日本が輸出を伸ばすとか言ってるんですけど、0.1%なんですよ。

西部:そうね。

中野:これはだからアジアの成長とか全然関係ないんです。これは実質的に「日米」貿易です。日米自由貿易なんです。

西部:アメリカとジャパンの関係であって、それに入らなければ世界の孤児になるということ自体が、統計上のまったくの間違い、嘘話ということですね。

中野:そうです。東アジアでこれが、本当に東アジアや太平洋のルールになるためには、韓国と中国が入らなければいけないんですけど、韓国はFTAを選んでいるんですよ。その理由はですね、こんなところに入ったら、これは日本とかアメリカに輸出したい国が7カ国もあって、みんなアメリカの味方になるので、ルールメイキングをしたら韓国や日本の味方にならないから、だから韓国は2国間で勝負しようとしているんです。この中に入るのは不利だから、韓国は2国間でやっているんですね。それから中国が入らないと意味がないんですが、中国は入りっこないわけです。中国は自由貿易、関税以前に、人民元問題といって、為替のコントロールをしちゃってるので、自由貿易以前の、基本的な段階でつかえているので、中国も入らない。そうすると大体このメンバーなんですけど、でも日米なんですよ、これは。

西部:そうだね。アメリカに対して工業、製造業の輸出増などは、関税撤廃しても見込まれないというのはどういうふうな。

中野:それはですね、まず日本は輸出を先というのは、アメリカに輸出をするということを考えなきゃいけないんですが、アメリカは、オバマ大統領がこう言っています。「5年間で2倍に輸出を拡大する」と。アメリカは貿易黒字を増やすと言っています。貿易黒字、輸出拡大戦略のためにTPPを活用すると言ってるんですね。つまりアメリカはTPPを活用して、アメリカの輸出を拡大すると言っているんです。そうすると、アメリカが輸出できそうな国って、この中だと日本しかないので。

西部:日本だけですね、これ。

中野:そうなんですよ。だから日本に輸出したいとアメリカは言っているんです。しかもアメリカはいま失業率が9.8%とかものすごいことになっていて、そんなところに日本が輸出なんかできっこないんですよ。その逆なんですね。で、一つそこで疑問なのは、じゃあなんで貿易黒字を増やしたいんだったら、アメリカは自由貿易をしようとしているのかなんですよ。なんでアメリカが関税を撤廃しようとしているのかなんですが、これは理屈は簡単で、もはやアメリカが輸出を拡大する方策は関税じゃないんです。為替なんです。

西部:そうですね。

中野:だから関税なんかもう全然関係ないんですね。

西部:要するにドル安にして輸出をしやすくするということね。

中野:そうです。すなわちですね、アメリカの戦略はおそらくこうなんですね。まずアメリカに味方する国々がいっぱいある中に、日本を巻き込んで、多数決で自分の国に有利なようにルールを決めていく。で、確かに農業の関税を撤廃させる代わりに、アメリカも関税を撤廃してみせますが、そのあとアメリカはドル安に誘導するので、結局日本の工業製品の競争力は減殺されて、減殺されなければアメリカに現地生産をする。アメリカに工場を建てる。もうそうなっていて、為替リスクとかあるので、例えば自動車産業はアメリカで販売する車の66%がすでに現地生産のものなんです。もう関税も為替も関係ないんですよ。

西部:そうだよな。

中野:ホンダ自動車なんて8割ですよ。

秋山:8割。ホンダが。

中野:8割が現地生産なんで、もうすでに関税なんか関係なくなっている。ドル安に誘導すれば、この比率がどんどん高まるということで、アメリカは日本に輸出先を提供もしないし、日本企業に雇用も奪われることはないわけです。で、ドル安にして、日本の農業関税を撤廃させると、ドル安によって競争力をさらに強化されたアメリカの農産品が、関税の防波堤を失った日本市場に襲いかかってくるわけですね。そうするとアメリカは黒字が溜まっていく。こういう仕組みになっているので、どう考えたって日本がTPPで輸出なんか拡大できっこないということなんです。

西部:そういうことだね。言葉は汚いけども、なんか鎖国か開国かの前に、日本はアメリカに対して「レイプしてください」とかさ、男で言えば「去勢してください」と言っているような、哀れな姿ということですね。

中野:ええ、だから言い方は悪いですけど、私ははっきり言ってもうアメリカか中国の官僚になりたかったですね。もう日本をカモにするのなんて、本当にもう赤子の手をひねるようで、こんなに簡単にできる。

秋山:そんなもんなの。

中野:いや、そんなもんですね。日本にこういう条件を突きつけて、「鎖国したいのか」と言えば、もうみんな日本は開国しないと生きていけないと言ってこれに参加するという、こういう思考回路の人たちですから。それで経団連も政府もそういう調子なわけですね。それでいて日本国家には戦略がないとか、何を言ってるのか理解ができない。シンガポールとかマレーシアは、GDPよりも輸出のほうが大きいという、外需依存国の小国です。チリとかブルネイとかアメリカ、オーストラリアは鉱業品、鉱業というのはマイニングのほうですね、鉱物資源とか農産物の競争力がある、輸出力のある国ですね。ペルーもそうですね。それからベトナムやマレーシアやペルーやチリは、低賃金労働を輸出したい国ですね。

西部:なるほどね。

中野:この中に入って、よくTPPに早く参加したほうが日本に有利なルールがつくれると言うんですけども、このメンバーの中で日本に有利なルールをつくるためには、日本と利害が一致する国と組まなければいけないわけですよ。だけどみんな日本と利害が一致しないんですよ。みんな一次産品の競争力があったり、外需依存度が強い。だけど日本は一次産品の競争力がなくて、日本だけが、この中で日本だけがですよ、工業品の輸出国で、しかも内需が大きいんですよ。誰と組んでルールをうまくつくるんだと。日本の農業はですよ、為替リスクを回避したり、関税リスクを回避するために現地生産ってできないんですよ。

西部:できないよね。まさかね。

中野:だから農業は確実にやられるんです。いや、開国することがいいことだというのも、よくそういうバカなことを言うなと。まず「平成の開国」とか何とか言ってるんですけども、じゃあ幕末明治の開国は何だったのかという話なんですけど、幕末明治の開国はですね、むしろ開国をしたあとずっと富国強兵をやって日露戦争を戦ってとやって、日本は独立するために頑張って、関税自主権の回復のために戦ったんです。TPPは逆ですよ。関税自主権を失うためにやっている。この本(『自由貿易の罠 覚醒する保護主義』青土社)にも書いたことなんですけど、先ほど先生が自由と言ったらいいということではないということなんですけど、まさに自由貿易というのは安いもの、安い労働力の製品が国内に入ってきて、物価が安くなるということなんですね。だからTPPで言うと、コメも牛肉も関税がなくなったら、例えば牛丼がいま1杯250円が60円とか50円とかになるという話なんですけど、いま物価が下がる、デフレで困っているわけですよね。自由貿易になったらデフレがもっと激しくなるんですよ。しかもいまアメリカがデフレしかかってますから、アメリカで物価や賃金が下がっている、それで自由貿易をやるとアメリカの製品が入ってくるので、アメリカのデフレが日本に輸入されるんですよ。だからデフレがもっとひどくなる。デフレが困ると言ってるんだったら、TPPとか自由貿易なんてのは普通は出てこないですね。だからこのTPPをなんかイメージだけで、中国を包囲するためだとか、なんか戦略家ぶるヤツがいるんですよ。どうしてそうなるのか説明しないでですよ。でも今日説明申し上げたように、TPPで包囲されているのは日本なんですよ。お前が包囲されてるってぇのという、そういう話なんです。

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